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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9857号 判決 1965年3月13日

原告 戸川均

被告 石橋仙吉

引受参加人 石橋仙吉破産管財人 井出正敏

主文

一、原告の被告らに対する第一次請求をいずれも棄却する。

二、引受参加人破産者石橋仙吉破産管財人井出正敏は、昭和四〇年六月一〇日の到来とともに、原告から、金一、五〇三、二〇〇円の支払いを受けるのと引換えに、別紙目録<省略>(二)記載の建物につき、原告に対して所有権移転登記手続をなし、かつ同建物を引渡し、昭和三六年一一月二七日から昭和四〇年六月一〇日まで、一ケ月金三、九九七円の割合による金員を支払え。

三、被告石橋仙吉は原告に対して、前項の建物引渡しと同時に、これを明渡せ。

四、原告のその余の第二次請求を棄却する。

五、訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(1)  原告

第一次請求「原告に対して、昭和四〇年六月一〇日の到来と共に、被告石橋仙吉は別紙目録(二)記載の建物から退去し、引受参加人石橋仙吉破産管財人井出正敏は、同建物を収去して、それぞれ別紙目録(一)記載の土地を明渡し、かつ各昭和三六年一一月二七日から土地明渡済まで一ケ月金三、九九七円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行宣言。

第二次請求「原告に対して、被告石橋仙吉は別紙目録(二)記載の建物を明渡せ、引受参加人破産者石橋仙吉破産管財人井出正敏は金一、三二八、五八五円の支払いを受けるのと引換えに、別紙目録(二)記載の建物につき、原告に対して所有権移転登記手続をなし、かつ同建物を引渡せ、被告らは原告に対して昭和三六年一一月二七日から、建物引渡済に至るまで一ケ月金三、九九七円の割合による金員を各支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに建物引渡及び損害金支払いを求める部分につき仮執行宣言。

(2)  被告石橋、原告の第一次請求を棄却するとの判決。

(3)  引受参加人破産者石橋仙吉破産管財人井出正敏、原告の第一次、第二次請求をいずれも棄却する、との判決。

二、請求原因

(一)  第一次請求原因

1、原告は、昭和二七年二月六日に、別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という、)を含む、渋谷区向山町九四番地宅地八〇坪七合(但し後に区画整理により、六九坪九合七勺となつた)を、訴外森越太郎から買受けて、その所有権を取得し、現にこれを所有している。

2、右森越太郎は、昭和二一年四月一日に、本件土地を含む右土地を被告石橋に対して、賃料一ケ月金四〇円三五銭、期間三年、バラツク建物所有の目的で賃貸し、原告は所有権取得と共に、その賃貸人たる地位を承継した。

3、被告石橋は、本件土地のうえに、別紙目録(二)記載建物(以下本件建物という)を所有していたが、昭和三五年一〇月一一日にこれを取下前被告谷口政光に、売買による所有権移転登記をした。

4、しかるに被告石橋は昭和三六年一一月二七日、当庁で破産宣告を受け、その破産管財人として、引受参加人井出正敏(以下破産管財人という)が選任された。

5、本件建物は、昭和三七年五月二八日に、谷口のためになされた所有権移転登記の抹消登記がなされ、破産者石橋仙吉名義に回復し、その破産財団の財産として、破産管財人に管理処分権が帰属している。

6、しかして、被告石橋は、本件建物に居住して、破産財団は同建物を所有して、それぞれ本件土地を占有している。

7、原告は、昭和三九年六月一〇日口頭弁論期日に、破産管財人に対して、被告石橋の破産を原因として、本件土地賃貸借契約解約の申入れをなしたので、右賃貸借は、昭和四〇年六月一〇日に終了するので、原告は被告石橋に対しては、同日の到来と共に、本件建物から退去して、破産管財人に対しては、同日の到来と共に、本件建物を収去して、各本件土地を明渡すと共に、破産宣告の日から土地明渡済まで一ケ月金三、九九七円の割合による賃料又は賃料相当損害金の支払いを求める。

8、かりに破産宣告を原因とする解約申入れについても、正当事由の存在を必要とするならば、被告らは、昭和三六年五月一日以降の賃料の支払いをなさず、又被告石橋は本件建物を前示のように谷口政光に移転して、借地権を無断譲渡し、かつ本件土地を除くその余の前示賃借土地を、昭和三二年八月一三日頃、訴外深津忠孝に無断転貸したので、この事実を正当事由として主張する。

(二)  第二次請求原因

破産管財人のした買取請求権行使が有効であるならば、本件建物は、原告の所有に帰するので、破産管財人に対しては、その代金一、三二八、五八五円の支払いを受けるのと引換えに、その所有権移転登記ならびに建物引渡し、及び買取請求権行使までは一ケ月金三、九九七円の割合による本件土地の賃料として、それ以降は建物の賃料相当損害金として、それぞれ支払いを求め、被告石橋に対しては建物明渡しと、同額の賃料又は賃料相当損害金の支払いを求める。

三、被告らの答弁ならびに抗弁

(一)  被告らの答弁ならびに抗弁

請求原因1の事実認める。2の事実中、土地使用の目的及び期間の点を否認し、その余の事実は認める、本件土地賃貸借契約は、普通建物所有を目的として、期間を二〇年とするものである。3ないし6の事実は認める。7の事実中、解約申入れのなされた事実及び、賃料又は相当損害金の額は認めるが、解約の効果は争う、破産を原因とする解約申入れについても正当事由を必要とする。8の正当事由は争う。

(二)  破産管財人の買取請求権行使の主張

原告のした解約申入れが有効で、本件土地の借地権が消滅するものとすれば、予備的に本件建物を、代金一、七五六、〇〇〇円で買取ることを請求し、その代金支払いまで留置権を行使する、(昭和三九年九月三〇日口頭弁論期日)

四、証拠<省略>

理由

一、請求原因1の事実ならびに3ないし6の事実は当事者間に争いがなく、請求原因2の事実は、土地の使用目的及び期間の点を除き当事者間に争いがない。

しかして弁論の全趣旨によれば、本件土地賃貸借契約は、普通建物所有を目的として、期間を二〇年としたものである事実が認められる。

二、原告が、昭和三九年六月一〇日口頭弁論期日に、破産管財人に対して、被告石橋の破産宣告を原因として、本件土地賃貸借解約の申入れをなした事実は争いがなく、民法第六二一条にもとずく、土地の賃貸借解約申入れについては、正当事由の存在を必要とせず、賃借人の破産宣告のみを原因として、これを行うことができるものと解されるので、右解約申入れは、有効であり、本件土地賃貸借は、そのときから一年を経過した昭和四〇年六月一〇日をもつて終了するものというべきである。

三、破産管財人が、昭和三九年九月三〇日口頭弁論期日に、原告に対して、予備的に本件建物買取請求の意思表示をなした事実は、明らかなところ、およそ、民法第六二一条にもとずき、賃貸人が、賃借人の破産宣告を原因としてなす、土地賃貸借解約申入れにより、その賃貸借が終了して借地権が消滅したときは、賃借人(破産管財人)は、借地法第四条第二項を準用し、その地上建物を賃貸人において買取るべきことを請求し得るものと解するのを相当とする。けだしこのように解することが、民法第六二一条による解約につき、正当事由の存在を必要としないとの法の趣旨にも矛盾せずかつ、社会経済上の利益にも合致し、当事者間の衡平も保ち得るものというべきである。

しかして、借地法第四条第二項による地上建物買取請求権は、形成権ではあつても、解約申入れにもとずく借地権の消滅を予定し、予備的これを行使することが許されるものと解されるので、本件土地賃貸借解約申入れにつき、破産管財人がなした予備的買取請求の意思表示は有効のものというべく、原告の解約申入れにもとずき、本件土地賃貸借の終了する昭和四〇年六月一〇日における時価をもつて、原告は本件建物を買取らなければならないものというべきであり、破産管財人の建物買取請求ならびに留置権の抗弁は理由がある。

四、そこで、本件建物の昭和四〇年六月一〇日における時価について判断するに、鑑定人石川市太郎の鑑定結果によれば、本件建物の昭和三九年一二月中旬における時価は金一、五〇三、二〇〇円と認められ(もつとも右鑑定は、本件土地を四二坪として、これを基準として場所的利益等を考慮して、その価格を一、五四三、二〇〇円と算出しているが、本件土地は三九坪九合七勺であることが明らかなので、この点を勘案すれば、本件建物の価格は金一、五〇三、二〇〇円と認められる)、反証はない。しかして一般に建物の価格は、時日の経過により償却損耗等により、その価格が減少するとも増加することはないものと考えられるところ、これを本件についてみれば、右鑑定価格と、買取請求の効果を生ずるときまでは、僅々六ケ月余に過ぎないことは明らかなので、特段の事情のない限り、その価格に著しい変動を生じないものと認められるので、右価格をもつて、買取請求権行使のときにおける本件建物の時価と認めるのを相当とする。

五、したがつて、破産管財人は、昭和四〇年六月一〇日の到来と共に、原告から金一、五〇三、二〇〇円の支払いを受けるのと引換えに、本件建物につき、原告のため所有権移転登記手続をなし、かつこれを引渡すべき義務がある。

六、被告石橋は、本件建物の使用権原について、何らの主張もしないが、当事者間に争いない各事実と、弁論の全趣旨によれば、同被告は、破産宣告後、破産財団に帰属した本件建物につき、破産管財人から黙示的にその無償使用を許されているものと認められるので、破産管財人のなす建物買取請求ならびに留置権の主張にもとずく、本件建物の留置の効果も、反射的に同被告に帰属するものと認めるべきであり、破産管財人が、原告から本件建物の買取代金の支払いを受けるまでは、本件建物の明渡義務が生じないものと解するのを相当とする。

七、本件土地の賃料又はその相当損害金が一ケ月金三、九九七円であることは争いがなく、被告らが昭和三六年一一月二七日以降の賃料を弁済した事実は何ら主張立証がないから、破産管財人は、本件建物の所有権が破産財団に帰属するまでの債務については谷口政光からこれを承継したものであるから、同日以降、建物買取請求の効果の発生する昭和四〇年六月一〇日まで、同額の賃料を原告に対して支払う義務がある。被告石橋は、前認定の経緯で本件建物を使用して本件土地を占有しているものであるから、解約の効果の生ずるまでは、これを不法占有ということはできず、したがつて本件土地の賃料を支払う義務は生じないものというべきである。

しかして、建物買取請求の効果として、原告は本件建物の所有権を取得するところ、その時以降建物引渡済まで、建物の賃料相当損害金を被告らに求めているが、土地の賃料相当額の不当利得返還を求めるならば格別、建物について、賃料相当損害金の支払いを求め得ないことは明らかであるから、原告のこの部分についての請求は理由がない。

八、以上の次第で、原告の被告らに対する第一次請求はすべて理由がなく、第二次請求中、破産管財人に対して建物買取代金の支払いと引換えに、本件建物につき所有権移転登記ならびにその引渡し及び、解約の日までの賃料の支払いを求め、被告石橋に対しては、右引渡しと同時に本件建物明渡しを求める限度で理由があり、その余は失当であるからいずれもこれを棄却するものとし、訴訟費用負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、なお仮執行宣言はその必要がないものと認めてこれを却下し、主文のように判決する。

(裁判官 滝田薫)

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